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それはそれは悪夢の二週間でした。八月二十四日午後十一時半、その夜は鹿児島錦江湾サマーナイト花火大会に子供連れて行き、帰宅後子供が眠ったのをみはからい再度鹿児島市内へふらーっと愛車12Rで出てきた。
信号待ちをくらい数分エンジンを切り、信号がかわったので左右確認しすーっと発進したら、完全赤信号で突っ込んできた黒のプレリュードと側面衝突。全くぶつかるまでわかりませんでした。私も過去若かりし頃事故は何回か経験したことがあるため、あたって瞬間で‘ばかやろー信号無視かよ‘体が激しくぶつかった後路面にたたきつけられ、次は何かよ、車かバイクか どっちがのってくるんかよ?てな感じでよーく自分の脳みそと連絡しあっていた。0コンマ数秒という一瞬なんだけどね。結局宙を舞った12Rがとどめに私の体にどーんとのってきた。さすがにアドレナリンも充分でてるんだろうけど、両手で押し上げようとしたってもちあがんない。呆然と立ちすくんでいた19歳の加害者にはようどけんか とどなって後処理。
車は頑丈な私の体(がきの時は水泳で全国八位、高校時は全校で二人しかいないスポーツテスト最高位1級、少林流空手,大学では極真空手、若かりし正道館石井館長に手ほどきをうけたことも・・・、対向トラックとぶつかろうと120KMで布つなぎ一枚でこけようと骨折一つ今までしたことない)があたってドア部にでっかいへこみが二箇所、12Rは前輪を車の後輪で踏まれフォーク・デスク・キヤリパー・ブリッジが破損不思議とカウルの外傷がない、そうか宙を舞って私の体に直接のってきたので滑走すらなかったのか。
しかし、翌朝はあっ歩けない,吐き気はするしあまりの痛さで立つと血圧があがって目の前が真っ黒になり、トイレ
で用足しをなんとかやったら床に倒れ伏し這って床までなんとか戻って呆然と天井を眺め、考えることといったら12Rのことだけ。心配した身内が私を病院へ担ぎ込み、計5箇所の大打撲・捻挫、結局今回も骨にはひびすらはいってない、でも10日間の絶対安静とのこと(そんな人が有り余るほど大きな会社じゃないから翌日だけ休んで次の日から出社でした)。
ひきとりにきたバイク屋にいって、きいてみるとフレームまでいってるかもと、余談ですが12Rのフレームはメイン¥238,000|リア¥63,000プラス工賃ですよ。それのけても部品だけで60万。相手は任意保険にも入ってない、どうしようー。おまけに親は子供が4人もいるんです てな感じ。
加害者側の車屋と私の預けたバイク屋もこの12Rによって何とか利益を得ようなんて考えてた。
考えたすえ、保険清算的な交渉をやめ、人身事故とせず物損事故とするかわり同等以上の12Rを賠償してくれるよう交渉し、その間別のバイク屋で95万で0012R赤2500KMナサートR付を見つけ、病院代慰謝料いっさいとらず計100万円をはらってもらった。相手も長期免停・罰金20万円以上・事故車の売買金にて約50万円は引かれるからよかったかも。
昨日その赤の12Rを引き取りにいってきた。体はまだあちこち痛く後遺症がでなきゃいいけど、41歳にもなると体のことも心配ではあったけど、苦労して3年前女房を病にて失い、学生の時女房と結婚するとき愛車ZFX1改モリワキ860CCを手放し結婚資金にし、亡くなってからニンジャ900Rを購入チュウニングも施し毎夜毎夜走りまくり睡眠時間3時間ぐらいで会社もいってた、三年で計64,000KM(仕事は営業ばたなので日中200KM300KMプラスはしるんだけどね)、何となくぽっかり空いた心の穴は埋まらない。そこえあの絶対的パワーの12Rの出現、こいつを手にしたらそんなうだうだと考えることなんだいっぺんにふっとぶんじゃないかなと思った次の日は30回払いのローンをくんでたんです。
12Rは非常に難しいバイク、特に00型はいろんな癖があるんだけど。なんとか自分の納得いくものへたどりつきたいと、カワサキが340KMフルスケールメーターにいろんな夢を乗せて世に送り出してくれたあの00型12Rをこんどはレッドにていつまでも追いかけるつもりです。12Rはやっぱいいバイクだぜ、後遺症がでるかもしんないのに、体のことより大事でもう一度手にさせるんだから・・・・・。 文太
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